週刊文春

【週刊文春】ジャニーズ喜多川社長が滝沢秀明を後継指名

1 名前:ひかり ★>:2018/08/29(水) 16:02:21.17 ID:CAP_USER9.net

ジャニーズ事務所の社長をつとめるジャニー喜多川氏(86)が滝沢秀明(36)を後継者に指名していたことが、「週刊文春」の取材によって分かった。

 今回、後継者に指名された滝沢は、1995年、13歳でジャニーズ事務所に入所。その直後から、ジャニー氏の寵愛を受け続けてきた。

 今井翼とのユニット「タッキー&翼」でデビュー後も、ジャニー氏が演出する舞台を中心に活躍。2010年から公演を行っている「滝沢歌舞伎」では
演出まで任されている。

「事務所が肥大化していくなかでテレビの仕事が主流になりつつありますが、ジャニーズ事務所の保守本流の仕事はあくまで舞台。その意味でも滝沢は
トップリーダーの条件を備えているのです」(ジャニーズ関係者)

 すでに滝沢はタレント売り込みのため、テレビ局詣でを続けているという。

 ジャニーズ事務所に今後の滝沢の活動について聞いたが、「担当者不在」との理由で回答はなかった。

 8月30日(木)発売の「週刊文春」では、スキャンダルに揺れるジュリー体制のきしみ、ジャニー氏とジュリー氏の路線対立、滝沢が後継者に
指名された経緯、近藤真彦、東山紀之、中居正広、嵐との関係なども含め、詳報している。

「週刊文春」編集部

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180829-00008767-bunshun-ent



引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1535526141

【週刊文春】徳島「阿波おどり」混乱の張本人、遠藤市長が大反論3時間

1 名前:ニライカナイφ ★>:2018/08/21(火) 16:08:29.42 ID:CAP_USER9.net

◆徳島「阿波おどり」混乱の張本人、遠藤市長が大反論3時間

8月12日から4日間にわたって行われた徳島市名物「阿波おどり」。
最も盛り上がる「総踊り」(踊り子が最後に1カ所に集まって踊る一番人気のイベント)を中止に追い込んだとして一大騒動を巻き起こした遠藤彰良市長(62)が、3時間にわたって「週刊文春」の取材に応じた。

これまで阿波おどりを主催してきた市の観光協会や踊り手の有力団体トップらを指して、「彼らは何ぼいうても聞いてくれんかったし、私には何も言わず、記者会見で平然と嘘を言うんです」と逆ギレ気味に語る一方、メディアにも矛先を向け「皆さんには真実を見抜いて欲しいと思いましたが、世論がこうなったので……(略)『庶民の踊りを市長が奪った』という構図にもっていけば、マスコミは弱いから皆そっちに乗ってしまいます」とも漏らす。
テレビでも「癒着」だなどと批判を浴びたが、「それが事実なら、すぐに市長を辞めますよ。私は色々失敗しましたが、悪いことはしていません」と反論。

他にも観客数が過去最低だったことへの分析や、来年の「総踊り」にかんする秘策などを語り尽くした記事は、8月22日(水)発売の「週刊文春」に掲載される。

週刊文春 2018年8月30日号
http://bunshun.jp/articles/-/8680



引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1534835309

【週刊文春】高木ブー 85歳 今だから語る「長さんは僕にだけ、愚痴をこぼした」「これからのドリフでやりたいこと」

1 名前:サイカイへのショートカット ★>:2018/07/30(月) 04:45:56.08 ID:CAP_USER9.net

高木ブー 85歳 今だから語る「長さんは僕にだけ、愚痴をこぼした」
ドリフターズ“第5の男”高木ブーが語る「これからのドリフでやりたいこと」
7/29(日) 17:00配信 文春オンライン
http://bunshun.jp/articles/-/8306
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180729-00008306-bunshun-ent
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180729-00008307-bunshun-ent

高木ブーさん、85歳
http://bunshun.jp/mwimgs/7/f/-/img_7fa0125eee4480c1e433522243e4084e336029.jpg


『8時だョ!全員集合』『ドリフ大爆笑』。多くの人にとって、笑った数だけドリフの思い出があるでしょう。
ドリフターズ “現役最長老”高木ブーさんは現在85歳! 今だから話せる貴重なお話をたっぷりとお伺いしました。聞き手は演劇史研究者・笹山敬輔さんです。

■僕はドリフに引き抜かれたんです
―― 今日は、ミュージシャン時代から『8時だョ!全員集合』まで、芸能活動全体のお話を伺いたいと思っています。まずは、ドリフターズとの出会いから教えてください。

高木 僕は途中から加入したメンバーで、ドリフとはジャズ喫茶で知り合いました。そのころのジャズ喫茶は、30分交代で2つのバンドが出るんですよ。僕らのバンドが出たとき、その相手がドリフだったことがあったんです。

―― そのときのドリフには、いかりやさんや加藤さんは?

高木 もういたよ。コミックバンド的なことをやってたね。リーダーが桜井輝夫さんで、小野ヤスシとかもいた時期だった。
でも、知り合ったといっても、僕のところにスカウトに来るまで、いかりやさんと口をきいたことはなかった。

―― あっ、そうなんですか。じゃあ、突然いかりやさんが高木さんを誘われて。

高木 もちろん。小野さんたちが辞めることになって、欠員が出た。昔のバンドは、15日前に言えば辞められたんだけど、仕事が決まってたから困ったんだろうね。
誰かいないかとなって、いかりやさんと桜井さんの2人が来て、引き抜かれたんです。

―― 桜井さんってどんな方だったんですか?

高木 桜井さんは、カントリーの人。歌の上手い方なんだけど、お笑いが好きなんですよ。
自分ではそんなことしないんだけど、あのころはクレイジーキャッツの時代でしょ。クレイジーは、音楽もコミックもやる一流のバンド。
だから、桜井さんとしてはドリフもそんなグループにしたかったんでしょう。後から考えると、桜井さんの力は大きかったなあと思います。

―― その後、桜井さんが退き、荒井注さんと仲本工事さんが加入して、おなじみのドリフのメンバーになるわけですね。昔の資料を見てると、「高木智之」の名前で出演されてますね。

高木 それは最初の芸名だね。

―― 記事には、「アダ名はブー」って書かれてます(笑)。

高木 「ブーちゃん、ブーちゃん」って言われてたからね。芸名は、ハナ肇さんがこじつけで勝手につけたんです。
メンバーみんなそうだよ。碇矢長一が、響きがいいからって「長介」。加藤は、水にちなんだ名前が出世するとか言って「茶」になった。
仲本は、本名が「興喜」なんだけど、よくケガしてたから工事中の「工事」。工事は、水たくさん使うだろって、こじつけもいいとこだよね。で、高木ブーは、もうそのまんま。

―― 1969年に『全員集合』が始まり、最高視聴率50%超のお化け番組になっていきますが、5年目に荒井注さんが体力の限界を理由に脱退します。あれは直前に聞いたんですか?

高木 うん。一応、いかりやさんから僕のところにも話があった。これからどうしようかって。僕は「4人じゃおかしくないか」って意見を言ったかな。
「全員集合」って言葉は、番組が最初じゃないんですよ。ジャズ喫茶のとき、音を間違えると、いかりやさんが真ん中で「全員集合」って叫ぶの。
そしたら、両サイドから2人ずつ集まってくるっていうギャグをやってた。それが2人と1人だとバランスおかしいでしょって、言ったことあるよ。まあ、それだから志村を選んだわけじゃないだろうけど。

>>2以降に続きます。


2 名前:サイカイへのショートカット ★>:2018/07/30(月) 04:46:18.39 ID:CAP_USER9.net

―― 志村さんはドリフのボーヤ、いわゆる付き人だったんですよね。ボーヤ時代の志村さんで、何か印象に残ってることはありますか?

高木 うーん……。ボーヤだねって印象しかないかな。

―― 他のボーヤの方との違いなどは。

高木 ボーヤはいっぱいいたからね。志村は、「マック・ボンボン」というコンビを作って一度独立して、またボーヤで戻ってきたの。あと、すわ親治って知ってる?

―― はい。すわさんもドリフのボーヤで、『全員集合』のコントにも出演してましたよね。

高木 志村がいなければ、すわ親治が入ってたでしょうね。

―― 当時は、すわさんが加入するという噂もあったそうですが、どうして志村さんになったんですか?

高木 順番でしょう。荒井注が辞めて志村、次に僕が辞めたらすわ親治、そんなところでね。

―― 高木さんは、ドリフを辞めたいって思ったことはあるんですか?

高木 ないです、ないです。すわ親治には申し訳ないけど(笑)。ずっと後になるけど、サザンの桑田が入ってたかもしれないし。

―― 桑田佳祐さんのことは、いかりやさんが目をつけてたと聞いたことがあるんですが、本当だったんですか。

高木 桑田が入ったら、まただいぶ違っただろうなあ。

■加トケンの動きっていうのは、ちょっと大変なもんだよね

―― ドリフ加入後の志村さんは、どんどん人気者になっていきますが、高木さんはどんな風に見ていましたか?

高木 それはまあ、しょうがないよ。これは年齢の違いもあるんだろうけど、加藤に対する志村のツッコミ、あの呼吸には僕ら、かなわないもんな。
今の漫才の人たちは動きができないけど、加トケンの動きっていうのは、ちょっと大変なもんだよね。

■だって長さんには愚痴こぼせる人がいないんだもの

―― いかりやさんが亡くなる3ヵ月前、『ドリフ大爆笑』のオープニングとエンディングを収録されてますよね。

高木 覚えてますよ。あのときの長さんは、もう声出なかったんじゃないかな。でも、死んじゃうなんて思ってもみなかった。何かのテレビで顔を見て、治ったんだなって思ってたくらいだから。

―― 訃報は、仕事先の岡山で聞かれたそうですね。

高木 かけつけたのは、僕が一番早かったんじゃないかな。仕事帰りに飛んで行きました。
長さんを前にして「バカヤロー」って思わず叫んじゃったよ。これからどうすんだよ、ドリフをどうすんだよ、って。
昔のことだけど、『全員集合』をやってるころ、所帯を持ってるのは僕と長さんだけだった。
他のみんなは、番組が終わったら、パーっと遊びに行っちゃう。そのとき、「おい、飲みにいこう」って言われるのは僕なんだよ。
今だから言っちゃうけど、飲みに行くと長さん、メンバーの愚痴をこぼすんだ。もちろんそれを誰かに言うつもりもなかったし「はいはい、そうですね」って聞いてた。
だって長さんには愚痴こぼせる人がいないんだもの。俺だったら年齢が一番近いんで、話しやすかったんだと思う。

■長さんとデートした話

―― いかりやさんにとって、高木さんの存在は大きかったんですね。

高木 おっかしいんだよなあ、長さんの2人目の奥さんのデートに誘われたこともあったんだよ。

―― 高木さんも一緒にですか?

高木 そう、3人で歩いてデート。きれいな彼女で、黒の毛皮のコートなんか着てました。2人っきりになるのが恥ずかしかったのか、
あの人、そういうのは不得意だったんだよな。でもだからって、なんで俺が行かなきゃいけないんだって(笑)。あの時はさすがに思ったな。


3 名前:サイカイへのショートカット ★>:2018/07/30(月) 04:46:39.24 ID:CAP_USER9.net

■なぜ高木ブーといえば、ウクレレになったのか?

―― 高木さんといえば、ウクレレ&ハワイアンブームを起こしたミュージシャンとしてもご活躍ですね。

高木 これはね、許可をもらったの。ドリフは単品で仕事をするってことがありえなかったんですよ。
でも、『ドリフ大爆笑』がひと区切りついて、もう好きなことしていいよってなった。そこで何をやろうか考えて、「そうだ、昔やってたハワイアンがある」って。
だから、ドリフのメンバーも僕がウクレレ弾くって知らなかったと思う。

―― 1999年にNHKでウクレレ教室の番組が始まりました。

高木 よく探してくれたなと感謝してます。でも、おかしいんだよ、NHKなのに“雷様”で出てるんだから。

―― 高木さんのミュージシャンとしてのルーツは、ウクレレなんですね。

高木 戦争が終わって2、3年経った頃、15歳の誕生日に兄貴がウクレレ買ってくれたんだよ。そしたら、そのころ千葉の柏にいたんだけど、増田進って人から「ハワイアンやろう」って誘われたの。それで初めて、ウクレレを弾いた。

―― きっかけは偶然だったんですね。

高木 何の気なしだね。ちょうどハワイアンが流行し始めてて、高校時代もウクレレサークルを作った。
そしたら同級生にすごい上手い親友がいてね。彼がプロになって良いバンドに入ったんだよ。僕も中央大学卒業後は、彼との繋がりがあるから、同じプロダクションに入った。

■人間にはそれぞれに役割があるんだよ

―― 高木さんは、ドリフの中での自分の立ち位置をどのように考えてましたか?

高木 昔書いた僕の本『第5の男 どこにでもいる僕』、このタイトル通り。どこにでもそういう人がいるんだよ。
3人のトリオだって、必ず上中下がいるじゃない。たとえ1人が目立ってても、第2の男、第3の男がいるわけでね。人間にはそれぞれに役割があるんだよ。ドリフは5人だから、僕が第5の男。

―― ドリフのすごさは、全員が自分の役割を分かっていて、チームワークの笑いに徹していることのように思います。

高木 最初のころに、これからのドリフをどうしていくかミーティングしたんだよ。それで、加藤を中心にして、4人でバックアップしていこうって決まったの。でも、はっきりと形になったのは、『全員集合』のコントをやってる中でだろうな。『全員集合』も最初のころは全くウケなかったからね。

―― 走りながら分かってきたって感じですか?

高木 そうだね。僕らって体を張ってやるような笑いばっかりでしょ。僕はもちろんだけど、加藤や志村にしたって、喋りが上手いわけじゃない。
そういうグループを動きだけで、あそこまでもっていったのは、長さんの力だよね。みんな、基礎はなかったけど、それなりに考えてここまでやってきた。

■昔やったコントを4人でやりたいね

―― これからドリフとしてやってみたいことはありますか?

高木 この前、加藤も言ってたんだけど、新しいコントじゃなくて、昔やったコントを4人でやりたいね。
もう体の動きも悪いし、言葉も変わっちゃってるけどさ。でも、昔のネタをそのままやってみたら、どうなるだろうって。ちょっと想像もつかないよね。

―― それは面白そうです。ファンとしてはぜひ見たいです! 昨年、『志村けんのだいじょうぶだぁ』で久しぶりに4人のコントをされてましたよね。

高木 あれは志村が考えたんだろうな。ああいうのはいいよね。みんなで2時間もやるのは無理だろうけど、ネタやって笑わすだけの力はあるわけだから。

―― 今日お会いして本当にお若いと思ったんですが、これからの理想の人生って何でしょうか?

高木 年とってから動きは鈍いけど、今のところ体の中に悪いところはないんだよ。ワールドカップだって、夜中起きて全部見ちゃったくらい。
だから、コントもやりたいし、ちゃんと歌い続けられる限り、ウクレレ弾いていたいって思ってます。
もう死んじゃったけど、ハワイに100歳でウクレレ弾いてた人がいたんですよ。いいよね。僕もとりあえずオリンピックまで生きて、そのまま100歳までがんばりたいね。

──────────────────

たかぎ・ぶー/1933年東京生まれ。中央大学在学中にハワイアンバンド「ルナハワイアン」のメンバーとして活躍。その後「高木智之とハロナ・セレナーダス」などを経て、1964年に「ザ・ドリフターズ」に参加。高木ブーとして、日本中のお茶の間に笑いを届ける。現在もミュージシャンとして活動中。



引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1532893556

【週刊文春】 NMB48 “次世代センター”一般男性との熱愛ツーショット写真

1 名前:影のたけし軍団ρ ★>:2018/07/28(土) 22:51:57.10 ID:CAP_USER9.net

NMB48の人気メンバー・城恵理子(19)が大阪市内に住む大学生と交際していたことがわかった。
7月28日(土)に放送されたインターネット番組「直撃!週刊文春ライブ」が城と男性のツーショット写真などを紹介した。

城は2012年9月に一度、NMB48を卒業したが、2013年10月に復帰。
その後、AKB48の51枚目のシングル「ジャーバージャ」のカップリング曲である「下手を打つ」ではセンターを務めた。

「第2の山本彩」とも言われる人気メンバーだ。

山本彩自身もGoogle+で「可愛いくなったよね、城。パフォーマンスの振り切り具合とか全力さも見てて気持ち良い」と投稿。
次世代のNMBセンター候補であることを示唆している。

「週刊文春デジタル」取材班がこの一般男性に話を聞くと、「交際していたのは事実ですが、もう別れています」と回答。
また、所属事務所にも事実確認を求めたが、期日までに回答はなかった。

交際の経緯やデートの内容などの詳細は7月28日(土)、「 週刊文春デジタル 」のオリジナル記事として配信される。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180728-00008330-bunshun-ent

城と交際男性のツーショット写真
https://amd.c.yimg.jp/amd/20180728-00008330-bunshun-000-3-view.jpg



引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1532785917

【週刊文春】「小室哲哉引退会見」に妻・KEIKO親族の怒り「会見には唖然としました。桂子に関する彼(小室)の話はほとんど嘘」

1 名前:サイカイへのショートカット ★>:2018/07/04(水) 16:05:56.77 ID:CAP_USER9.net

「小室哲哉引退会見」に妻・KEIKO親族の怒り
7/4(水) 16:00配信 文春オンライン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180704-00008037-bunshun-ent

記者会見での小室 c文藝春秋
https://lpt.c.yimg.jp/amd/20180704-00008037-bunshun-000-view.jpg


音楽プロデューサー・小室哲哉(59)が、女性看護師A子さんとの不倫疑惑を報じた「週刊文春」記事を受けて会見を開いたのは今年の1月19日。2011年に妻のKEIKO(45)がくも膜下出血で倒れて以降、介護のストレスの中でA子さんが精神的な支えになったが男女関係はない、と釈明した小室。そして「私の罪の償い」として自発的な音楽活動からの引退を表明したのだ。

 会見では「(KEIKOの)目を見て、しっかり話をしていきたい」と語った小室だが、その後、妻とは一度も会っていない。夫妻はいま事実上別居状態で、KEIKOは故郷の大分で家族と暮らしている。KEIKOの親族が怒りを込めて口を開いた。

「会見には唖然としました。少なくとも、桂子(KEIKOの本名)に関する彼(小室)の話はほとんど嘘。桂子のサポートに疲れたと言っていますが、彼は介護らしいことは何もしていませんし、そもそも今の彼女は要介護者ではない。なぜあそこまで、自分の妻のプライバシーや名誉にかかわることを、あしざまに言わなくてはならないのでしょうか」

 KEIKOと親しい地元の知人がいう。

「小室さんは、会見で桂子は『今は小学4年生くらいの漢字のドリルとかが楽しいみたいです』『コミュニケーションが日に日にできなくなっている』などと言っていましたが、桂子が漢字ドリルをやったのは5年以上前の話です。なぜ小室さんは、昔の桂子の姿ばかり語るのでしょうか」

 小室は会見で、KEIKOが「音楽に興味がない人」になってしまった、と語ったが、彼女は周囲にこう話している。

「私、歌が好き。歌っているときはいつだって楽しい」

「週刊文春」には、知人から提供されたKEIKOの近影と共に、本人の「ファンへのメッセージ」が寄せられた。

 看護師A子さんとの関係を含めた小室の近況など、詳細は7月5日(木)発売の「週刊文春」で報じる。また、「 週刊文春デジタル 」では、KEIKOの複数の近影のほか、小室への直撃取材の模様を収めた《完全版》動画を同日朝5時に公開する。



引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1530687956

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